| コテツ人生年表 |
| 昭和47年 |
都内の警察
病院で誕生 |
約2300グラムの小さな赤ちゃんとしてコテツ誕生。ちなみに悪いことをしたから警察病院で生まれた訳ではありません。。 |
| 昭和50年 |
水疱瘡になる |
「お父さん、痒くても僕掻かないよー」これが一番記憶に残っている古い記憶です。結構イジラシイこと言ってました。 |
| 昭和52年 |
私立幼稚園入園 |
両親が勘違い、又は近所の親戚に対抗して某有名私立幼稚園に入園をさせる。隣の席には元横綱貴○花が普通に座っていたり、多くの人が両親の外車で送り迎えとセレブな中、「この電車は○○駅停まりますか?」と駅員さんや見ず知らずの人に聞きながら、電車&徒歩で通園。いたずらばかりで毎日のように園長室で立たされ、シスターに説教される日々を過ごす。 |
| 昭和52年 |
夢? |
父親から、「おじいちゃんは40歳で成功した会社をたたんで、毎日好きな釣りをして暮らしていたんだよー」という話を結構聞かされていたので、自分もなんとなく40才までには成功して好きなことをしている人生なはずだと思い込む。 |
| 昭和52年 |
日々の遊び |
遠方の幼稚園に通っていたため、遊び相手はもっぱら祖母と叔母。3人でよく花札を何時間も熱中。この頃から勝負運が強かったように思う。 |
| 昭和54年 |
区立小学校入学 |
この子に私立は無理!と悟った両親は偉い。近所の公立小学校に通う。取り柄は健康!(だけ)6年間無遅刻無欠席。でも、自己主張が強過ぎて、親友と呼べる友達ができなかった。今思うと、両親の愛に飢えていた寂しい子供だった。 |
| 昭和55年 |
少年野球チームに |
幼馴染が通うとの単純な理由から少年野球チームに入団。過去の写真を見ると、身体が小さいのでバットやヘルメットが巨大に見るのが笑えます。 |
| 昭和58年 |
休日の遊び |
友達が少ないこともあり、遊び相手はもっぱら大人。夜には両親や近所の人と麻雀をするようになる。セミプロのおじさんから「この子スジがいい」との言葉を真に受け真剣に取組みはじめる。 |
| 昭和59年 |
野球チームが
関東3位 |
1つ上の先輩達が関東大会で3位入賞。試合は埼玉の西武球場。異常に大きかった記憶が。私はレギュラーではなかったが、バントの切り札として何度かスクイズを決めて貢献。若いのに職人のような渋さを持っていた? |
| 昭和60年 |
区立中学校入学 |
中学生活は親友がいて、友達に恵まれた生活をする!と誓いながら入学。幸い同じクラスで尊敬できる友人と出会い、彼をモデリングしながら3年間を過ごす。野球を続けるも、2年次になぜか嫌になり退部する。 |
| 昭和63年 |
私立大学の
付属高校入学 |
中学3年から受験勉強を体験した際、「2度とこんな体験はしたくない!」と心に誓い、大学へエスカレーターでサクッと行ける高校へ進学。部活は入らず、適当に過ごす予定だったが悪い(?)友達と仲良くなり毎日、学校帰りは雀荘に通う日々。
また、高校からスキーにはまりペンションで住み込みのバイトを。スキーをやりたい一心で突撃したが、家事を何も出来ないことを現地についてからはじめて気付き、1週間で「お前は何もできないのに飯だけは一日どんぶり20杯近くも食って(←事実です)、クビだー」
懲りずに近所のホテルに拾ってもらい、バイトを続ける。ニセコの雪は良かったけ☆寒かったけど(笑) |
| 平成3年 |
私立大学入学 |
入学式に全てを頼りにしていた友達とはぐれ迷子に。その時に親切に会場まで誘導してくれた先輩の誘いでテニスサークルに入る。テニスなんてチャラチャラして・・これが如何に浅はかな考えだったかと痛感する。テニスにはまり、サークル以外にもジュニアのプロ育成スクールに通いだす。
当然、初心者のへたっぴなので、クラスは小学生や中学生と一緒。楽しかったけど、恥ずかしかった。同時にどんどん、自分が上手くなってクラスが上がっていくのが何より嬉しかった。合コンに行くより、テニスの練習をしている方が楽しく幸せという変わった学生だった。両親からはテニス大学テニス学科に入学したのか?と言われる程テニス漬けの幸せな毎日。好きなことをやらせてもらった両親に感謝!
また、大学時代に初めて異性と付き合う。自分にも彼女が出来たことが何より嬉しかった(笑)当然サ○と化す。
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| 平成6年 |
憧れのスキー場へ |
憧れていたカナダのスキー場「ウィスラー&ブラッコム」へ友人と12泊のスキー三昧。最高!ただ、クリスマスシーズンに男2人で行ったので寂しい。普段は真面目な友人があまりの寂しさにナンパを決意するほど(笑)
ただ、同じツアーで後から来たOLさん3人組みと仲良しになり、以後ずっと行動を共にし、クリスマスも一緒にパーティーを。その中の一人とは、結婚するまで異性として唯一の親友となる。この人を友人に合わせると、友人がほぼ100%惚れてしまう。とても素敵な人で僕にはかけがえない親友だった。 |
| 平成7年 |
保険会社入社 |
研修期間の実習でいきなり所長(上司)から睨まれる。「(他人を)騙してでも保険を取ってこい!」の言葉に無性に腹が立つ。3ヶ月の実習期間の最初の1ヶ月は同期で営業成績がビリとなる。(意地をはって営業をしなかった)
両親には辞めたい旨をポロッと漏らしたら、「自分の納得できる営業スタイルで同期で一番になってそれから辞めれば・・」と言われ奮発。自分なりの営業スタイルで同期の中でトップ・・・ にはなれなかったけど納得いく成績を。
この時に、あれ程子供染みたいじめをしていた上司が、私の成績が周りより上がり始めた途端にピタリと嫌味等も言わなくなるのは「ナルホド、サラリーマンの世界だな〜」と妙に納得。 |
| 平成7年 |
転勤 |
辞令は長野県の支店への異動命令。初の東京以外の生活。街を歩いていると普通に山が見える暮らしに大興奮。支店内は若い人達ばかりでみな親切。冬になれば週末は志賀・八方と有名スキー場へ行き放題。天気が快晴なのを確認してからスキーに行ける贅沢を堪能。
仕事は厳しい上司だったが尊敬できる人達に恵まれた為に120%の力を出して奮闘。ただ、学生時代の友人と長電話することも多く、当初は月の電話代が6万にも。 |
| 平成7年 |
株式投資開始 |
冬のボーナスを元手に投資開始。ボロ株に魅力を感じ、フェニックス電気に全額投資。数日で2倍。その数日後会社が倒産して紙くずとなる散々なデビュー戦。勉強の必要性を痛感して、証券アナリストの勉強を開始。 |
| 平成10年 |
アナリスト試験合格 |
証券アナリスト2次試験合格♪朝の弱い自分が毎朝4時起きで勉強した甲斐がありました。これでまた株式投資再開だー。 |
| 平成10年 |
結婚 |
周りからの結婚が遅いとの予想を裏切り、早々と結婚。自分なりに心配もあったけど、勢いと愛を信じました(笑)新婚旅行はハワイ&オアフ島に。 |
| 平成13年 |
決意 |
「金持ち父さん貧乏父さん」を読んで、不動産投資を決意する。ただ、どこから手をつけていいか全く分からず、当初は苦労する。夢に向かって一歩を歩み始めたときに、何をやっても新鮮な気持ちだった。 |
| 平成13年 |
アパート初購入 |
札幌市中央区で新築アパートを購入(表面利回り12%)融資に苦労する。 |
| 平成15年 |
アパート購入 |
茨城県で中古アパート購入(表面利回り30%) |
| 平成16年 |
転勤 |
塩漬けになっていた長野から東京に転勤。久しぶりの東京で、部署は希望した運用部署に。希望に胸を膨らませて上京。一番喜んだのは妻でしたが(笑) |
| 平成16年 |
アパート購入 |
群馬県で中古アパート購入(表面利回り17%) |
| 平成16年 |
セミナー講師デビュー |
親しくしている「お宝不動産」で有名な沢さん主催のお宝不動産セミナーの講師を務める。ある意味、これで人生が変わったといっても過言ではない出来事。沢さんには感謝感謝です。 |
| 平成17年 |
会社設立 |
世の社長さん達って凄いなーと思っていたけど、数枚の書類で簡単になれることに気付く。自分達のノウハウを提供やセミナー主催等を行う。同時に人様からお金を頂くことが凄く怖くも感じる。迷いながら日々経営を行っていた。 |
| 平成17年 |
第1子誕生〜♪ |
3,000グラムの女の子が誕生!生まれたばかりはサルのようです。ちょっと表情がでてきたときは、政治家の「亀井静香」さんにそっくり!大丈夫かな?心配だよ父さん。。 |
| 平成17年 |
運命の本? |
書籍「チャンス」(犬飼ターボさん著)を読み感銘を受ける。親しい友人に本を贈ったりして一人でも多くの人に読んで欲しいと思っている。
またターボさんのハピサクセミナーに参加した際のご縁から、以後セミナーのスタッフとして参加することになり、ターボさんとのお付き合いが始まり、現在はビジネスや感情コントロール等々、多岐に渡り師事。
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| 平成18年 |
2社目会社設立 |
不動産以外のビジネスにも対応するため、2社目の会社を設立。この頃になると会社を作るのは慣れてくる。 |
| 平成18年 |
勤務先退社 |
サラリーマンとビジネスの2足だったが、ビジネスを本業にしようと決心。辞めることを伝えた瞬間恐怖が込み上げてきたが、同時に「これでやるしかない!」という気持ちにもなった。約10年お世話になった会社には感謝でいっぱいです。
同僚や先輩、どうかこれからもガンバってください!応援しちょります。 |
| 平成18年 |
ピンチ? |
ビジネス上、問題発生&過労でダウン。人生はいろいろな事が起こり、そして気付きを与えてくれるものだと実感。今ではこの出来事に感謝!(当時はそうは思えなかったけど) |
| 平成18年 |
出会い |
この一年、本当にいろいろ面白い人(尊敬できる人)との出会いが多く、刺激がたくさんもらえている。その出会い方も、友人達からの紹介が圧倒的に多い。ありがたいです。 |